2010年01月20日
父性と言う名の器♪
新年早々、炎メラメラしてしまいました。熱しやすく、走り出しやすい性格ですが、最近では走り出してコケる前にちゃんと考えるようになりました。(いまさら!!)怪我をして傷ついて、学ぶこともいっぱいありました。周りの人たちのことも考えるようになりました。けれど、自分の眼が見つめる先に 何があるのか。それだけは ずっと変わらないように思います。エコキャップを集めたその先は・・・・いろいろな資料を読みました。非生産的で環境に少しも優しくない、という記事もありました。けれど、エコキャップやプルリングを集める活動をしてみよう、と思ったきっかけになったこと。それは、不思議にも絵本と共通するキーワード:「想像力」です。想像力が世界を救う、という言葉があります。世の中で困っている人がいたら、進んで手を差し伸べる人がいる一方で、見て見ぬふりをする人もいます。その違いは、「想像力」だというのです。救いを求める人たちがどんなふうに困っているのか、どんな気持ちでいるのか、なぜ困っているのか、どうすれば助けることができるのか。そこに想像力が及ぶかどうかで、人の行動は変わります。人の苦しみや悲しみが理解できる大人になるのか。それとも外の世界には無頓着で、自分だけよければいいという大人になるのか。その分かれ目は、「子どものころからいかに想像力を働かせてきたか」にかかっているそうです。私の周りにも、悲しいかな、そんな大人がたくさんいます。自分と自分の子どもが幸せでありさえすればいい。自分の子どもを守るためならば、相手の子どもは傷ついたって構わない。そんな人たちの心ない言葉に、私も子どもも傷つくことがいっぱいありました。けれど、どこかで誰かを泣かせて手に入れた幸せは、果たして本当の幸せなのでしょうか。そして、そういう親の後姿を見ている子どもは・・・・相手の立場に立って考える。そんなこと言ってたら、商売にならない?人生 渡っていけない?果たして本当にそうなんかな?本当に大切な人が困っていたら?私も決してできた親やない。夫婦喧嘩もするし、家事も怠けてしまうことだってある。子育てだって、いろんな壁にぶち当たって、いっつも手探りで、なんとかやっている。去年、ものすごくしんどい仕事があって、何度も放り出したくなったこともある。「そんなにしんどいなら、やめればいい。」って人にも言われ・・・泣きながらやらなあかんボランティアって、いったい何?何度も考えた挙句、投げ出さなかったのは、その活動の向こう側に子どもたちの笑顔があったから。しんどくなったから投げ出す、そんな親の後姿を 子どもに見せたくなかったから。けれど、その活動をやり遂げたことで、自分自身 得るものがいっぱいあった。去年の夏、その場に自分も一緒にいられて、大勢の子どもたちの成長を笑顔を 一緒に見ることができた。息子の中学校の学校便りに こんな言葉が載っていた。「私たちは進路を切り拓いていくうえで「こころざし」を持つことがあります。こころざしに代わる言葉として夢や希望があります。例えばプロ野球選手になりたいとか、女優になりたいといったような・・・これらの夢や希望は「自分のため」という色合いが濃いですが、「こころざし」は、「世のため人のため」という気高い理想が背景となっています・・・・」そして、吉田松陰の言葉も添えられていた。 志を立てて もって万事の源となす 書を読みて もって聖賢の訓(おしえ)をかんがう・・・書って・・・やっぱり本(絵本)のことやんなぁ~?(ちがう(・▽・)?勝手に解釈すな、って?)自分たちの活動の向こう側にあるものは・・・・・それを志として いつも胸に抱いて やっていこうと思う。









